第1回から第5回までは、建築図書と著作権をテーマにしていました。
最終回となる今回は、最終の成果物のうち、「建築工作物」、「土木工作物」、「庭園」の著作権について考えてみたいと思います。
Ⅰ 建築の著作物とは
第3回の冒頭で、設計図書の著作物性を検討するとき、建築設計図と建築の著作物はともに著作権法上の著作物として保護されるが、「建築の著作物」は建築物それ自体を指し、かつ、その建築物が建築芸術といえるものでないと建築の著作物としては保護されないことを述べました。
さらに、建築図面に従って建築物を完成させるのは建築の著作物の複製になることも説明しました。
それでは、著作権法10条1項5号の「建築著作物」とは具体的にはどの範囲を指すのでしょうか。
建築物とは、住宅、ビル、教会、神社仏閣、橋梁、墳墓、庭園ほか、各種建造物全般を指すのが通例です。
これらの建造物は、実用目的で作られるものがほとんどですが、改正後の旧著作権法から現行著作権法に至るまで、「美術性のある建造物」は一貫して建築の著作物として著作権が認められています。つまり、美術の著作物の側面も持つといえます。
一方、その著作物性の有無は、その実用性ゆえに「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するか」どうかを問われることになります。
これは前回も指摘したように、本来、著作権法は多様な価値ある情報のうち、文化の発展に寄与する情報を保護するものであり、産業の発達を目的とした特許法など産業財産権法とは区別されています。
建築物だけでなく、応用美術や美術工芸品などのように、実用できる、あるいは産業用として利用できる美的な創作物は、その法領域を著作権法と産業財産権法のどちらに求めるのか、法の分類の問題として考えるべきで、その分類の分岐点は芸術性の有無にあります。
つまり、法2条1項1号の著作物の定義の解釈は法第1条の目的と併せて読み解くことで理解できます。
ちなみに、橋、ダム、公園、道路、タワーなどいわゆる土木工作物も同様、「思想又は感情の創作的表現」と評価できれば著作物の対象になります。
土木工作物も建築工作物も、その実用性ゆえに、土木芸術、あるいは建築芸術といえる域に達したときに、著作権法で保護されることになります。
おぼえ • 建築物の著作物性の有無は、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するか」どうか • 著作権法と産業財産権法、どちらに適用されるのか、その分類の分岐点は芸術性 の有無にある • 土木工作物も土木芸術、あるいは建築芸術といえる域に達したときに、 著作権法 で保護されることになる |
Ⅱ 「建築の著作物」の定義とは
「建築の著作物」は著作物の「一類型」に分類され、創作的に表現された設計図にしたがって完成した建築物を指します。
したがって他人が作成した設計図の複製、他人が作成した設計図に基づいて建築物を建てることは著作権の侵害になり、建築物に斬新なデザインや特殊な技術などが採用されていれば、意匠法や特許法などで保護されます。
ただし、著作物とみなされる建築物は芸術性の高いことが前提です。
「実用本位の建物、美的要素の低い建築物、何棟も建築される一般住居用の建物や、ありふれたビルは建築の著作物とは認められない」とされますが、対象建築物が著作物に該当するかどうかの判定は、実際にはかなり難しい問題であり、ときには訴訟事件となることもあります。
建築物に著作権が認められたのは、芸術的な建築物が次々と登場したことを受けたもので、芸術的要素の乏しいものは、もともと著作権法上の保護の対象外なのです。
Ⅲ 判例から知る建築物の著作物性
この建築物の著作物性の考え方を判旨でみてみましょう。
【判例1】
:住宅設計図事件H03.04.09福島地裁H02年(ヨ)第105号
「--建築設計図に従って建物を建築した場合でも、その建築行為は建築設計図の「複製」とはならない。設計図に表現されている観念的な建物が「建築の著作物」に該当しないかぎり本件建物の建築行為は「複製」権の侵害とはならない。
----右観念的な建物は一般人をして、設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず、いまだ一般住宅の域を出ず、建築芸術に高められているものとは評価できない。そうすると、本件設計図に表現されている観念的な建物が「建築の著作物」に該当しないので、本件債務者らの建築行為は「複製」権の侵害とはならない。」
おぼえ • 著作物とみなされる建築物は芸術性の高いことが前提 →芸術的要素の乏しいものは、もともと著作権法上の保護の対象外 |
次も判例を紹介します。
Ⅲ 判例から知る建築物の著作物性
【判例2】:
グッドデザイン賞モデルハウス事件 H15.10.30大阪地裁H14年(ワ)1989号6312号
「 著作権法により「建築の著作物」として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、美的な表現における創作性を有するものであることを要することは当然である。したがって、通常のありふれた建築物は、著作権法で保護される「建築の著作物」には当たらないというべきある。----
一般住宅が同法10条1項5号の「建築の著作物」であるということができるのは、一般人をして、一般住宅において通常加味される程度の美的要素を超えて、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性を備えた場合、すなわち、いわゆる建築芸術といい得るような創作性を備えた場合であると解するのが相当である。 一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築する場合、当該モデルハウスの建築物が、一般人をして、一般住宅が備える程度の美的な創作性を感得させることはあっても、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得させ、美術性や芸術性を認識させることは、一般的に、極めてまれなことといわざるを得ない。----
原告建物は、前記認定によれば、通常の一般住宅が備える美的要素を超える美的な創作性を有し、建築芸術といえるような美術性、芸術性を有するとはいえないから、著作権法上の「建築の著作物」に該当するということはできない。---」
【判例3】
:耐震擁壁事件S61.11.28東京地裁
「本件擁壁が耐震性を備えていること等を特徴とする専ら実用本位の建築物に過ぎないことは、----明らかであるから、本件擁壁をもって著作権法にいう建築の著作物と認めることは到底できない。」
【判例4】
:彫刻庭園解体移設事件H15.06.11東京地裁平成15年(ヨ)第22031号
「 ―――ノグチ・ルームは,本件建物を特徴付ける部分であって,本件建物の正面を構成する重要な部分である1階南側部分を占め,西側庭園に直接面して,庭園と調和的な関係に立つことを目指してその構造を決定されている上,本件建物は元来その一部がノグチ・ルームとなることを予定して基本的な設計等がされたものであって,柱の数,様式等の建物の基本的な構造部分も,ノグチ・ルーム内のデザイン内容とされているものである。これらの事情に,疎明資料により認められる事情を総合すると,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。―――。」
以上が建築物に関する主な判例です。
※最高裁ホームページ「判例検索システム」より抜粋(下線は著作権推進会議で追記)
Ⅳ 知的財産権を、建築物のどこに見出すか
土木を含む建築工作物の設計の著作物性を考えます。
安全で堅牢な機能を満たしていることが「品質」であるとすれば、そこに知的財産権を明確に見出すのは難しいでしょう。
しかし、美観、景観、さらには地域社会のシンボルとして機能し、地域住民および施主が誇りを持てることなども「品質」の範疇ととらえるならば、デザインした設計者や、その「品質」を生み出した施工技術者の創意工夫やマネジメント能力に、知的財産権が発生するとは考えられませんでしょうか。
第1回から第5回で主に建築図書と著作権について説明し、最後に建築物の著作物性のありようについて述べました。
最後に、NPO法人著作権推進会議から、この業界の著作権制度のさらなる強化・発展を願い、提言をしたいと思います。
Ⅴ 設計図書の適法な再利用制度確立への提言
近ごろの建築図面等のデジタル化は、成果物の再利用、転用、改変を前提にしたものであり、プログラムコードは表現としての著作物に該当します。
デジタル化し、その権利を持つ中で種々の設計図が自動的に生成され、できるだけその設計図をモジュール化することで、設計図を自由に組み立てられるという可能性が出てきます。
プログラムを含む建築図面を再利用するとき、著作物性のあるもの、ないもの、その中間のグレーゾーンを整理したうえで、再利用の仕組みを構築することで、対価の支払いや用途の拡充といった保障ができるようになるでしょう。
このように「表現の保護」、すなわち「著作物の付加価値化」というのは、通常考えられている以上に強い力を持っており、業界にとって地位・経済力向上につながる重要なファクタ-です。
同時に、技術者自身にその技術力、知識、見識、誠実性などが試されることになり、結果、建設業界全体のさらなる発展に結びつくことにもなるのではないでしょうか。
おぼえ • 安全で堅牢な機能を満たしていることが「品質」であるとすれば、そこに知的 財産権を明確に見出すのは難しい →美観、景観、さらには地域社会のシンボル として機能し、地域住民および施主が誇りを持てることなども「品質」の範疇と とらえるならば、知的財産権が発生する可能性はある。 • プログラムを含む建築図面を再利用するとき、著作物性のあるもの、ないもの、 その中間のグレーゾーンを整理したうえで、再利用の仕組みを構築。 →対価の支払いや用途の拡充といった保障ができるようになる |
第6回のまとめ
• 建築物の著作物性の有無は、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するか」 |
以上で、全6回の連載を終わります。