1 はじめに
近年は、インターネットを使ってお金を稼ぐことが個人でも非常にやりやすくなってきました。
そのためか、個人営業のクリエイターの方々(フリーランス・クリエイター)がとても増えています。
そのような方々の中には、「契約書」というものについて、きちんと学んでおきたいと思っている方々も沢山いらっしゃるでしょう。
そこで、ここではそのような方々のために、「フリーランス・クリエイターのための『契約』の基礎知識」と題して、フリーランス・クリエイターの方々に是非とも知っておいていただきたい契約書の知識をご紹介します。
具体的には、フリーランス・クリエイターの方々が、ご自分で作った作品を売ったり、あるいは、作品を作ってほしいという注文を受けたりしたときに、どのような契約書を交わすことになるのかということを、例をあげながらお話ししていきたいと思います。
2 事例
たとえば、フリーランス・イラストレーターのAさんが、雑貨店を営んでいるBさんから、「うちの店のマスコットキャラクターの絵をデザインしてほしい」という注文を受けたとします。この場合、Aさんは、契約書でどんな取り決めをすることになるでしょうか。
いついつまでに作品をお渡しする、という期限を決めたり、イラストの報酬をいくらにするか、ということを決めたりするのは当然ですが、そのほかにも、特にこの事例の場合にしておくべき重要な取り決めがいくつかあります。
というのも、この事例のAさんは、イラストを描き上げた時点で、そのイラストについての「著作権」を持つことになるからです。
Aさんは、この「著作権」についての色々な取り決めをしておかないと、後々になって思わぬ損をしかねません。
そのような取り決めとは、次のようなものです。
(1)著作権を売るのか、利用することを許すのか
「著作権」とは、自分が描いた絵などのコピーを作ったり、そのコピーを売ったりすることなどを、他人に勝手にさせない権利のことです。
この権利は、他人に売ることもできますし、売らずに利用するのを許すだけにすることもできます。
そこでAさんは、自分がデザインしたイラストの著作権をBさんに売ってしまうのか、それとも利用を許すだけにするのか、ということを契約書の中で決めることになります(注1)。
① 売る場合のメリット・デメリット
まず、売る場合を考えてみましょう。
物を売る時と同じように、著作権も、普通は利用を許すだけよりは売ったほうが一度に多くの料金を受け取ることができます。これがメリットと言えます。
そのかわり、やはり物と同じように、著作権も一旦売ってしまったらこれはもうBさんのものですから、このイラストが後でどんなに価値が上がったとしても、Aさんにはもはや一円も入ってきません。あるいは、「愛着があるからやっぱり取り戻したい」と思っても、Bさんの承諾なしに取り戻すことはできません。これがデメリットです。
② 利用を許す場合のメリット・デメリット
では利用を許す場合はどうでしょうか。
例えば「2年間だけ利用することを許す」という約束にしておけば、2年後にそのイラストの価値が高くなっていた場合は、利用料金を引き上げてからまた利用を許す、ということができます。これがメリットです。
ただし、あくまでも利用を許しているだけですので、一度に多くの料金を取ることはできません。また、例えば利用期間を2年間と決めたとして、2年後にまた利用契約を継続してもらえるかどうかも分かりません。これはデメリットといえます。
③ まとめ
ここまでの話をまとめると、
ⅰ)一度に多くの料金が欲しい場合は売る。
ⅱ)少しずつでいいので継続して料金をもらいたい場合や、イラストの価値が上がったときは料金も上げられるようにしたい、あるいは自分の作品に愛着があるので他人には譲りたくない、という場合は利用を許すことにする。
ということになります。
・一度に多くの料金が欲しい | 売る |
・継続的な料金を得たい ・作品の価値が上がったら、料金も上げたい ・作品に愛着がある | 利用を許す |
なお、少し混み入った話になりますが、著作権の利用を他人に許したとしても、その間に自分自身でその著作権を利用することもできます。それどころか、Bさんに利用を許すのと同時にCさんにも利用を許すこともできます(注2)。
あるいは、取り決めによってBさんしか利用できないようにすることもできます(注3)。
このあたりの複雑なお話は、「上級編」でもう一度触れたいと思いますので、今は読み飛ばしていただいても結構です。
④ 余談
450万枚以上のレコード売上を記録したある楽曲を歌った歌手の方がいます。その方は、当初はまさかこれほど売れるとは思わなかったため、自身の歌の著作権をわずか5万円でレコード会社に売り渡してしまっており、それ以降、報酬を全く受け取っていないという噂があります。
もしこれが本当の話だとしたら、これは売る場合のデメリットのいい例といえます。
また、十数年前の話ですが、ある有名な楽曲クリエイター兼プロデューサーの方は、一時的に多くのお金が必要になったためか、ある時、ご自分の楽曲の著作権を全て売ってしまったそうです。
これによって、その方は一度に多額の売却代金を得ることができましたが、その反面、著作権の利用料(注4)という安定収入を失うことになりました。
それがよくなかったのか、その方はしばらくしてまたお金に困ることとなり、その結果、売ってしまったはずの著作権をまだ持っているかのように装って別の人に売りつけて代金を騙し取る、という詐欺罪を犯して逮捕されてしまいました。
このように、著作権を売るのか、利用を許すだけにするのか、の判断は、その後の損得に大きく影響することがあります。特に、上記の事例を見る限り、著作権を売るという判断は慎重にした方がいいといえます。もし、皆様が判断に迷ったときは、是非、当会のような専門的な団体に相談してみて下さい。
(2)利用範囲を決める
著作権の利用を許す場合、Aさんの描いたイラストを、Bさんがどのように利用できるのか、ということを決めておくことができます。
これはちょうど、皆さんが建物を借りるときに、「事務所用」とか「店舗用」といったように使い方を決められて、それ以外の目的で使うことを禁止されることがあるのと似ています。
上述のイラストの例でいえば、
a イラストをBさんのお店の看板に使う ○○円
b イラストをチラシにも使う +○○円
c イラストをプリントした食器も売る +○○円
というような取り決めをすることができます。
このように細かい料金プランを設定すれば、Bさんにとっては選択肢が増えるので、喜んでもらえるかもしれません。
(3)定額料金か、歩合料金か
これも利用を許す場合ですが、利用料金の決め方にもいくつかのやり方があります。
最もシンプルなのは、「1年間で○○円」といった定額制にする方法です。
ほかにも、利用個数に応じて料金を決める方法や、売上に応じて決める方法なども考えられます。
どれを選ぶべきかはケースバイケースです。例えば、
- 定額制には上記(2)のa(看板)
- 個数に応じて決める方法には上記(2)のb(チラシ)
- 売上に応じて決める方法には上記(2)のc(食器)
が適しているといえるでしょう。
定額制 | 看板 |
従量制(個数) | チラシ |
従量制(売上) | 食器 |
3 まとめ
以上のように、フリーランス・クリエイターの方々が契約書を交わす際は、「著作権」を意識しなければなりません。
この「著作権」について、まだほかにも注意ポイントは沢山あるのですが、まずはここまでのところで、皆さんに「なんとなくイメージはつかめてきた」と感じていただけたら幸いです。
近々、著作権に関する契約書について、「上級編」と題してもう少し詳しいお話を掲載する予定です。
<脚注>
注1 | 著作権を売ることを著作権の「譲渡」といいます。 また、著作権を利用するのを許すことを著作権の「利用許諾」といいます。 | 戻る |
注2 | このような利用許諾のことを「非独占的利用許諾」といいます。 | 戻る |
注3 | これは「独占的利用許諾」といいます。 | 戻る |
注4 | 楽曲の場合、利用料のことを「印税」といいます。 | 戻る |
(文責 行政書士 保田 学)